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けいちゃんのフラガール日記・02「フラガール学校入学」

 

 当時高校2年生のけいちゃん(ベニータはこの当時、斎藤惠子と名乗っていてというより本名が斎藤惠子、みんなに「けいちゃん」とか「おけいちゃん」と呼ばれていました)はこの記事に目を奪われました。

フラ新聞1・1

 小さい頃から歌や踊りが大好きで近所の信夫山(しのぶやま、あまり高くない。頂上というよりてっぺんの展望の良い広場はベンチなども置いてあり人々の憩いの場になっていた。)に行っては「みんな、集まれー!」と言って友達を集めて歌を披露していたおけいちゃん。「ブイエーシーエーティアイオエーヌ♪楽しいなー♪」(弘田三枝子の「ヴァケーション」)なんか歌うとみんな寄ってきて大人も子供も「おけいちゃん、かわいーぃ!」と大拍手、受ける楽しみもおぼえました。他のレパートリーは田代みどりの「パイナップル・プリンセス」、森サカエの「ボーイ・ハント」なんかです。

 中学の時には1回だけダンスホールに行きました。友達と2人でトタン屋の娘のお姉さん(お姉さんもトタン屋の娘なのだが)のメイクアップ道具を借りてお化粧をして、マスカラつけてアイライン描いてアイシャドウも、口紅は母親のを拝借。水色のワンピースに赤いベルトしてスカートの部分はバレエのチュチュみたいに張りのある感じ、友達も同じような恰好で。親父に怒られるから8時までに帰ってくんだよと母親に見送られて出かけたよ。「アモーレ」だか「アムール」だかダンスホールに行って、2人とも中学生にしては大柄だったから大丈夫。まわりはホントの大人ばっかりだったけど。チーク(ダンス)はキャンセル、2人で壁に引っ付いてツイストになったら踊ったよ。でもあまり踊りたい曲をかけてくれなかったから「帰っぺ帰っぺ」と言って帰ってきたよ。母親が待っててこっそり入れてくれました。

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50‘Sファッションはこんな感じかな

 将来は宝塚や松竹歌劇団にいきたいなあと思っていたおけいちゃんは父親に言うと大反対。「なんで宝塚なんだよ、なんで踊り子なんだよ?」踊り子といえばそこらにブラジャーやパンティー干したまま立てひざで煙草吸ってるイメージが父親にはあったらしい。きちんと高校卒業してお嫁さんになって欲しかったようです。「ジョウダンじゃねえよ!」とは口に出しては言わなかったけどとりあえず勝手に試験受けてあとで親に言いました。

 普段読んだ事の無い新聞(福島民報のはず)で偶然見つけた記事に引かれて「とにかく1期生じゃなきゃ意味が無い。卒業してからじゃ2期生3期生になっちゃう。そんなのダメ」とその年の暮れ〆切間際に急いで応募、年明けに試験を受けました。試験の状況はほとんど覚えてないんだけどあまり大勢受けてなかったような気がする。個別面接だったので他の人が何やったかはわからないけど私は赤い水着で(面接は水着着用のことと書いてあった)面接室に入って何か出来ますかと聞かれて岸洋子の「夜明けの歌」を朗々と歌ったわよ。あたしは試験受けたけどほとんどは(浅貝地区の炭鉱の)長屋の娘だったから「お前、娘いるだろ。入れろよ」的に推薦入学みたいにして入ったんじゃないのかなあ。

 試験官には中村豊社長、フラダンスの佐竹先生、早川先生、フラメンコの香取先生がいたように思うけどあとはだれがいたかな?結局募集30人に対して18人合格。みんな受かったみたいだよ。

 とにかくおけいちゃんは常磐音楽舞踊学院に合格、高校(福女=福島県立女子高等学校)は2年の途中で中退、フラガールへの道へ第一歩を踏み出しました。

 

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